私は天使なんかじゃない







Into Each Life Some Rain Must Fall&Easy Living






  それはかみ合わないジェスチャーゲーム。






  「ぶ、ぶっ殺せっ!」
  「さあ始めようか」
  ディバイド?
  伝説の運び屋?
  ……。
  ……さっぱりだぜ。
  展開に付いて行けない。
  ただ、分かること、それは西海岸の話だろう。
  トロイは西海岸から来たらしいし、恐らくそれに起因する話なのだろう。ストレンジャーの話もそれ前提であり、東海岸にあるキャピタルの出身の俺によく分からない。ビリーは一時ストレン
  ジャーだったらしいから知ってるのかもだが、しかも俺に関して言えば俺はキャピタルの地下に隔離されてたボルト生まれ、育ちだからな、余計に分からない。
  じりじりと俺たちは下がる。
  俺たち、俺とビリーだ。
  敵さんの警戒は完全にトロイに集中されている。
  どうやら有名人のようだ。
  しかしトロイのあの変わり振りは何だ?
  豹変した?
  いや。
  別人だろ、あれ。
  豹変ってレベルじゃない。
  トロイは刀を鞘に戻した。鞘を左手に持ち、悠然と敵を眺めている。敵は銃を構え、ハンマーや剣を持ち、武装は様々だが一様にトロイを警戒している。
  マチェットって奴は動揺しまくってる。
  優勢なのはトロイか?
  確かに。
  確かにパッと見ではトロイが優勢だが……小男が、サンドマンと呼ばれていた小男がマギーを羽交い絞めてしている。
  そういう意味では向こうが有利だ。
  そして敵はそれに気付いている。
  マチェットは笑った。
  顔が強張ってはいたが。
  どんだけ怖いんだろうな、トロイが。
  「武器を捨てろ、伝説の運び屋さんよ」
  「何で?」
  「何でって……分かるだろうが、人質だよっ!」
  「ああ、そういうことか」
  「そういうことさ」
  「だが別に俺の人質じゃないしな。殺したきゃ殺してしまえ」
  「な、なんだとっ!」
  「うるさいな」
  「て、てめぇ、ハッタリだと思ってるのかっ!」
  「思ってはないが、ハッタリなのか? まあ、行動しなければハッタリだよな。どちらでも好きにしろ」
  「こ、この人でなしめっ!」
  「……なあ、自分らの所業と今の状態考えたら、そういうセリフ吐けるか、普通?」
  そしてトロイは歩き出す。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ストレンジャーはトロイに動きに警戒し、一斉に散らばった。そりゃそうだ。トロイの武器が刀なわけだから密集し過ぎたら斬られる。離れる間もなくな。だから先に散らばったってわけだ、接近
  される前に。そして散らばってしまえば、変な話、1人が斬られている間にトロイを他の全員で集中砲火出来るってわけだ。
  トロイは進む。
  おいおいおいっ!
  本気でマギーのことを気にしてないのかよっ!
  ビリーも戸惑うものの俺たちではどうにもできない。俺たちはあくまで囮だ。本命が到着するまでの。トロイのお蔭で時間稼ぎが出来そうだが……トロイは俺たちの計画には加わってない、
  連動してない。今のトロイがどこまでやるかが分からない以上、ハラハラしている。
  どうする?
  どう動く?
  その時、トロイがピタリと止まった。
  ザントマンとの距離は3メートルと言ったところだ。ザントマンも戸惑ってはいるが攻撃しないと踏んでいるようだ。
  マチェットに視線を移しながらトロイは言った。
  「こいつ何って言ったっけ?」
  「ザントマンのことか?」
  「コードネーム持ちか。ふぅん。本隊?」
  「いや」
  「ああ。支隊の雑魚か。支隊は良いよな、全員がコードネーム持ちだから。自動的に。で? 他には何人いるんだ? ここにコードネーム持ちが」
  コードネーム持ち=幹部ってことか?
  いずれにしてもコードネームなしは雑魚戦闘員という格付けなのか
  「まずはお前マチェット、そこのサンドマン、地面とキスして昇天しているドラッグ・クイーン、他にはいるのか?」
  「そこのラッド・ローチを体に這わせているのがローチキング、スパナを持っているのがハイウェイマンだ。今残ってるコードネーム持ちは俺以外は支隊の連中だ。それが?」
  「ふぅん」
  サンドマンの、首が飛んだ。

  チン。

  鞘に刀を戻す音をわざとらしく立てたトロイは、マギーのすぐ後ろに立っている。
  まるで守るように。
  ……。
  ……はっ?
  いやいやいやっ!
  一気に間合いを詰めたとかいうレベルじゃなかったぞ、気付いたらそこにいた。気付いたらザントマンの首が飛んでいた。そういうレベルだ。
  あいつ、何をした?
  というか、それよりも、あいつは一体何もんだ?
  「行きなよ」
  トロイが呟くとマギーがこちらに向かって走ってくる。
  ストレンジャーはまだ立ち直れていない。
  マギーはビリーの顔を見て一瞬戸惑うが、その戸惑いは今は必要ない。俺は強引にマギーを後ろに庇い、俺たちは後ろに下がった。
  そろそろ仲間たちが……。
  「マチェット、サシで勝負しよう」
  「はあ?」
  「俺と、お前たちとの勝負ってやつだ。俺は1人でいい。お前らは全員で掛かって来い」
  「な、舐めてる……っ!」
  「一応敬意は払ってやってるよ。俺が瞬殺する相手としてな。だからサービスで良いことを教えてやる。お前ら後ろから狙われてるぞ」
  「な、何っ!」
  そう警告されて何人かが後ろを見る。
  後ろ、聖なる光修道院跡がある。
  「余計なことをっ!」
  その廃墟から声が響いた。
  ベンジーだ。
  ストレンジャーその姿を視認、トロイを警戒しつつ、廃墟も警戒する。トロイが言う。
  「撃つなよ、どちらも。それじゃゲームが詰まらなくなる」
  「こっち来い」
  俺はそう言った。
  4人、出て来た。
  ベンジー、レディ・スコルピオン、アッシュとモニカさんは市長が差し向けてくれた2人だ。市長自身はメガトンにいる。ノーヴィスが門を吹き飛ばしたから、治安が不安定だから離れられなかった。
  これが作戦の本命であり、援軍。
  4人はストレンジャーと睨みあいながらこちらに来た。
  双方手を出さず。
  「ど、どこから……」
  マチェットは呆けたように呟いた。
  そりゃそうだろ。
  1キロ圏内はラッド・ローチの警戒網で近付けない、それが真相であり、真実であり、そして油断でもある。
  学校と修道院は地下で繋がっている。
  それを利用したまでだ。
  仲間たちは俺たちの周りを固める。俺は預けていた9ミリ2丁をベンジーから受け取り、ビリーも44マグナムをアッシュから受け取った。トロイの行動は俺たちの為なのか?
  確かに。
  確かにあのまま不意打ちが成功していても何人かは倒れる可能性はあった。
  そしてその可能性は消えた。
  もちろん今のこの現状が打破されたわけではないが。
  「どうするよ、ボス?」
  「このまま一定距離まで後退する」
  「傍観か?」
  「訳ありみたいだしな。見届ける」
  「了解」
  後の流れはトロイに任せるとしよう。
  あれが本当にトロイなのか謎だが。
  「マチェット、これでお互いに枷がなくなったな。これからはお互いにガチでやり合えるってわけだ」
  「ス、ストレンジャー相手に勝てると思ってるのかよっ!」
  「震えてるのか?」
  「てめぇっ!」
  「向こうじゃ何回かストレンジャーとはぶつかったが基本はコードネームなしだったで、コードネーム持ちも新参者ばかりで。お前はそういうのを差し向けては逃げて、正直どうしてそこまで
  デカい顔できるか謎だったよ。だってそうだろ、お前非能力者だし、手下全滅した時には既に逃げてたし。ただ古株だっただけ。ふぅん、ストレンジャーの席次は年功序列で決まるのか?」
  「ローチキング、奴の能力を殺せっ!」
  「い、いや、俺は別にFEV感染による能力者じゃないしな、何というか、相性みたいな感じで操れてるだけだし。たから能力同士が相殺し合って激しい頭痛って流れはないぞ」
  嫌な相性だ。
  しかし能力者って一括りに考えてたけど色々とあるんだな。
  まあ、俺には関係ない世界だ。
  トロイは笑う。
  「何をしたって無駄だって。俺も別に能力者ってわけじゃないし。相殺狙ってるなら無駄な話だ」
  違うのか?
  てっきりワープとかしてるのかと思ってたぜ。
  それか優等生と同じ力かと。
  もちろんトロイの言葉が真実なのかどうなのかは分からない。相手を翻弄する意味合いかも知れないしな。
  「そうだマチェット、良いことを教えてやろう」
  「な、何を?」
  「お前らストレンジャーのことさ」
  「何の話だ?」
  「お前らはネームバリューに頼ってる、誰もが怖れているのはその名前ゆえだ。無論それはいい。名が高いってことはそういうことだからな。問題はお前らもそれに翻弄されているんだよ。
  例えばドラッグ・クイーンは薬物とその容姿で情報収集、そういう奴は後方支援用だろう? 集団の名前が高いからって戦闘が強いわけじゃない。そう、恐れるまでもない」
  「何が言いたい?」
  「聞き返すな。自分で考えろ。脳が腐るぞ? つまりだ。それがネームバリューに頼ってるってことなんだよ。密偵とか情報収集用の連中まで自分らはストレンジャーだから百戦錬磨だと思ってる。
  本当の意味でストレンシャー=百戦錬磨なんて数人しかいない。ボマー、バンシー、ランサー、デス、そうだな、あとは次点としてガンスリンガーとガンナーくらいか」
  「くっ!」
  「お前らはただその名の上に乗っかっているに過ぎない。お前もだマチェット。薄っぺらいんだよ」
  「殺せぇーっ!」
  瞬間、敵が持つ銃火器が火を噴く。
  トロイに向かって。
  近接用しか持っていない連中は武器を片手に叫びながらトロイに向かって走り出す。
  だが……。
  「い、いねぇーっ!」
  「後ろだ」
  鮮血が舞った。
  トロイは敵の後方に出現、10oサブマシンガンを持っていたストレンジャーを切り伏せる。
  いきなりの出現。
  それにストレンジャーは完全に翻弄されている。
  そのわずかな隙が命取りだった。
  サブマシンガンを奪い取って乱射、ストレンジャーはバタバタと倒れる。仕方ないだろう、この流れは。いきなりトロイをロストし、トロイは敵集団の背後に現れ、銃撃してくる。
  未知の攻撃ってやつだ。
  トロイが持つ謎の能力にストレンジャーは動揺していた。

  カサカサカサ。

  闇の中、何かが地表を張ってトロイに向かっていく。
  ラッド・ローチだ。
  それも大量の。
  うげーっ!
  「食い殺せっ!」
  「きもいな」

  バリバリバリ。

  サブマシンガンで掃射。
  肉片と汁(うげー)を撒き散らしながら粉砕される。しかし全てじゃない。
  「やれやれ」
  「また消えたーっ!」
  今度はトロイはマチェットの前に出現。
  「よお」
  「なななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななななっ!」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  刀を振るうトロイ。
  マチェットは抜身のマチューテでーを振るい、刃を交える。
  剣の戦いは俺はど素人だ。
  だが分かる。
  トロイが翻弄している。
  その戦い方はまるで剣の指南をしているようだ。一見するとマチェットが押している、しかしトロイが攻撃を受け流している。決して自分から攻撃しない。受け流すのに専念している。
  それに気付いたのだろう、マチェットは叫んだ。
  「ふざけんなーっ!」
  「良い太刀筋だった。よくできました」
  ラッド・ローチの群れがトロイの背後に迫る。
  そしてマチェットはその波に飲まれた。
  トロイはいない。
  刀を手に他のストレンジャーたちの前に神出鬼没に現われては切り伏せ、銃弾を機敏な動きでかわしては次々と屠っていく。どういう原理で、能力で瞬間移動しているかは分からない
  が、その能力抜きでもストレンジャーたちを次々と葬っていく。その力量は天と地の差だった。
  こいつグリン・フィス並みに強いっ!

  「や、やってられるかよっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「ま、待って……ぎゃあっ!」

  逃げ始めてストレンジャーの1人の背に刀を投げつけた。
  刀を背中に生やしたまま動かなくなる。
  ただ、ゴキブリ男とスパナ持った奴が逃げていくのをトロイは見逃した。何も言わない。
  「奴は武器を持ってないぞ、殺せっ!」
  マチェットがマチューテを振りながら叫ぶ。
  振りながら、それはラッドローチを切り払いながらって意味だ。操り手が操るのをやめて逃げ出したからだろう、制御を離れてストレンジャーたちに襲い始める。距離的に俺たちもヤバいわけだ
  がその間にはストレンジャーがいる。当然その障害がある限り俺たちまでは到達しない。
  もちろんいつでも撃てるように銃は構えているが。
  3人のストレンジャーがトロイに迫る。
  両手にナイフ、スレッジハンマー、槍、全員が近接武器持ちだ。その他の連中は自分たちの問題で手一杯のようだ。たかだかラッドローチだが、数がいるし、何よりさっきまで自分らの手駒だと
  思って油断していたわけだから奇襲に近い。ストレンジャーは完全に総崩れになっていた。
  元々そんなに強くなかった、という結論に至るのは早いが、たぶん俺たちの最初の計画だったら仲間が死んでいた可能性もある。
  ……。
  ……何者なんだ、本当にトロイは。
  「ディバイドって何だ?」
  西海岸にいたらしいレディ・スコルピンに聞く。
  「核で吹き飛んだ街」
  「核で……」
  「街も都市になる可能性はあった、でも大切なのはそこじゃない。その創設者。それが伝説の運び屋。NCRもリージョンも恐れて手が出せなかった、向こうじゃ有名人よ。こっちの赤毛の冒険者
  のポジション。あのトロイが、まさか伝説の運び屋だったとはね。死んだとばかり思ってた。でも変ね」
  「何が?」
  「会ったことはなかったけど噂は当然知ってた。まあ、知らない人はいないわけだけど。だけどあそこまで攻撃的だとは聞いてなかった」
  「街を核で吹き飛ばされたとか言ってたから、その所為じゃないか?」
  「怒りと攻撃的は違う。聞いてた人物とは、別人ね」
  会話が終わった後、トロイは鞘で3人を叩きのめした後だった。
  状況は次第に収束していく。
  ラッドローチを殲滅はしたもののストレンジャーは既にマチェットを含め3人だけ。
  最初に紹介されたコードネーム持ちはもういない。
  となるとマチェット以外はただの戦闘員か。
  「こ、こんなバカなっ!」
  「こ、こんなバカなってキョどるほどのことじやないだろ。最初から分かりきった結末だ」
  トロイはまた消える。
  背に刀を生やした奴のところに立っている。
  何なんだろうな、あの動き。
  刀を抜いて肩に当てた。峰の部分で片をトントンと叩いている。
  「あの時あの場にいた奴は殺す、そう決めているんだ。ディバィドを吹き飛ばしたときの奴らはな」
  「俺はいなかったっ! 最近加盟したばかり……っ!」
  そこまで言って戦闘員は果てた。
  マチェットが首を刎ねたのだ。
  「おいおい貴重な手下を殺すことはないじゃないのか?」
  「うるせぇっ!」
  ヤケクソなのか。
  マチェットがトロイに向かって突っ込んでくる。もう1人の、最後の戦闘員がライフルを構えるもののトロイは微笑を浮かべている。
  銃撃音。
  そして響く悲鳴。
  「いつ俺が銃を持っていないと言った?」
  隠し持っていたであろう32口径ピストルで戦闘員の額を射抜く。
  そしてマチェットが手にしたマチューテに弾丸を叩き込んむと剣は吹き飛び、宙を舞ったマチューテに残弾を浴びせる。マチューテは宙を踊りながら闇の中に消えた。
  残ったのはマチェットだけ。
  無手の彼だけ。
  「ようやくお話が出来そうだな」
  「は、話?」
  「俺はディバイドという街を作った。しかしモハビ・ウェイストランドは新カルフォルニア共和国とリージョンがぶつかっていた。生き残るには敵を潰すか、利用すること。俺は戦争を利用した。
  NCRに補給路としてディバイドを使うことを提案し、使用料を取った。リージョンは補給路を潰そうとしたが俺と、そこにいたNCRを恐れて軍を派遣したものの動けなかった。知ってるだろ?」
  「あ、ああ」
  「ある時NCRが妙な機械を持ち込んだ。かつてエンクレイブが西海岸を追い払われる前までいたナヴァロ前哨基地で発見されたものだ。そいつには星条旗、かつてのアメリカの紋章が刻まれ
  ていた。ディバイドにもアメリカの基地の名残がいくつもあった。そこでならこれが何か判明できる、NCRはそう思い、俺に調査を依頼した。話に付いてきてるか?」
  「あ、ああ」
  「そしたらドカンだ。街は吹き飛び、駐屯していたNCR、展開していたリージョン、もろとも消し飛んだ。持ち込んだ機械は核兵器の標的になる為のビーコンだった」
  「……」
  じりじりとマチェットは下がる。
  後ろに立つトロイにいぶつかるまで。
  「俺から逃げられると思うな」
  「ひっ!」
  「話を続けよう。そのビーコンはディバイドで突然作動し、核を誘導し、そして核ミサイルが降ってきた。俺が何故生きているかは知らん。瞬時に全てが消え去ったからな。何がどうなって生きている
  のかは分からないのさ。さてここからが本題だ。核ミサイルをこちらに向かって飛ばしたのはストレンジャー、お前らだ。そこは分かってる。誰の依頼だ?」
  「そ、それは……」
  「NCRにしてもリージョンにしても吹き飛ばす理由は確かにあった。様々な思惑で共存関係ではあったが、俺が邪魔なのは分かってた。結局は俺、NCR、リージョンは利用し合ってただけだしな。
  お前らが実行役なのは分かってる。しかし分からんのが、ビーコンを遠隔で起動させたまではいいが……核ミサイルを飛ばすとなるとお前らではできないだろ?」
  「そ、それは……」
  「核ミサイルを飛ばす手順、コード、なるほどレクチャーされたら出来るだろう。しかしそれだけの知識をお前らが持っているとは到底思えない。誰に教わった? 誰なんだ?」
  「な、何のことかさっぱり……っ!」
  その時、マチェットの右手から鮮血が飛んだ。
  指がなくなってる。
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  「誰の差し金だ、背後に誰がいる」
  「し、知らないっ!」
  「ほう? ガッツがあるじゃないか」
  今度は左手の指がなくなる。
  蹲るマチェットに蹴りを叩き込むトロイ。マチェットは転がって呻いている。
  「ボマーへの義理立てかな?」
  「ほ、本当に知らないんだ、ボマーが知ってるっ! ボマーがっ! もしかしたらバンシーも知ってるかもだが、俺は知らないっ! ただメンバーとしてあそこに同道しただけだっ!」
  「では奴はいつここに来る? どこに来る?」
  「多分もう来てるっ!」
  「どこに?」
  「言っても無駄だ、いや言いたくないわけじゃないっ! ローチキング達がそこに向かってて、このことを報告する、ボマーの性格上そこには留まらないっ!」
  「ふぅん」
  「だ、だけど今回招集に加わらなかった奴らがいるんだ、ドリフターとミンチって奴だ。ドリフターは転々としているから場所が分からないけど、ミンチの場所は分かってる、ハイウェイマンに
  聞いた、本隊が来たから招集命令が必ずそいつに来る。無線か直接かは知らんけど、そいつのとこに必ず来るっ! そいつから場所を聞き出せるはずだ入れ違いにならない限りっ!」
  「そいつはどこに来る? 俺にだけ教えろ」
  トロイはこちらを見てにやりと笑う。
  マチェットは逆らわずトロイの耳元で何かを呟いた。
  「お利口さんだ。さてもう1つだけ質問だ」
  「な、何だ?」
  「ボマーはここに何しにくる?」
  「大佐の依頼だ」
  「大佐? NCRの差し金でここに来るのか?」
  「知らない、誰だか知らないっ!」
  「やれやれ。また黙秘か。次はどこを切り落とせば素直になってくれるのかな」
  「本当に知らないんだもう勘弁してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  銃声。
  そのままマチェットは永遠に喋らなくなる。
  俺が奴の頭に9oの銃弾を叩き込んだからだ。
  トロイは知ってて嬲ってた。
  あれ以上マチェットが何も知らないことを知りながら。
  「何だよ、兄貴、何睨んでる」
  「……」
  「あんた言ったろ? ワルになれってさ」
  両手を広げてトロイはおどけて笑った。
  こいつ誰だ?
  誰なんだ?
  「見ろよ兄貴、この作品たちを。全部俺の作品だ。ああ、マチェットは兄貴のトドメだけどな。誇ってくれよ、あんたの舎弟はここまでやったぜっ! 俺はワルだ、トンネルスネーク最強っ!」
  「お前何か勘違いしてないか? ワルと悪は違うんだぜ?」
  「はあ?」
  「俺も暴れるのは好きだ。だがお前は残虐過ぎるんだよ。こんなの全然ワルじゃねぇ。トンネルスネークから追放する。もうちょっと冷静になれ。そしたら復帰も考えてやる」
  「ちっ。餓鬼が」
  そう言い捨ててトロイは歩き出す。
  闇の中に。
  そして消えていく。
  「ボス、いいのか?」
  「ああ」
  そう答えるしかない。
  もうここには何も残っていない。
  敵は全滅した。
  「マギー」
  「……」
  「マギー、俺はお前の両親を……」
  「……」
  羽音が近付いてくる。
  そしてその羽音の主たちは闇を駆け抜けて姿を現し、マギーの体に纏わりついて、彼女の体は宙に浮く。
  「マギーっ!」
  新手っ!
  だがそれだけだった。
  羽音の主たち、それは拳ぐらいの大きさの蠅なのだが、そいつらは四方に散って行った。この場には留まらない。
  何だったんだ?

  「感動の体面だったのでね。それを邪魔したフライ・マスターには退場して貰ったまでです。腕一本残して逃げられましたけどね」

  「ヴァ、ヴァンス」
  誰だこのおっさん?
  剣を持っている。
  謎の、コート姿のおっさんた。ダンディな容姿だな、かっけぇぜ。
  「出遅れましたけどこれぐらいは、ね」
  「す、すまん」
  「気にしなくてもいいですよ。こちらとしても自分の生活を守る為です。お互いに脱走組なわけですから」
  なるほど。
  こいつがビリーと一緒に脱走した奴か。
  「マギー、あのな」
  「……」
  「言い訳するつもりはない。俺はお前の……」
  「今日は寒いね」
  「えっ?」
  「早く家に帰ろう」
  「……」
  マギーは笑う。
  これはつまり最初からマギーは知ってて……。
  「ビリー」
  「……ああ。帰ろう。俺たちの家に」





  GNR。
  キャピタル・ウェイストランドに響いているラジオ放送。

  『水騒動は一応の終結を見せたらしい。今後はBOSが主導となって水の運搬を始めるそうだ。前進ってやつだな』
  『聞いてくれて感謝するぜ。俺はスリードッグ、いやっほぉーっ! こちらはキャピタル・ウェイストランド解放放送ギャラクシーニュースラジオだ。どんな辛い真実でも君にお伝えするぜ?』
  『さてここでリスナーの諸君からリクエストの多かった曲を連続して流すとしよう』
  『曲は
Into Each Life Some Rain Must Fall、Easy Living、二曲続けて流すぜっ!』



  Into Each Life Some Rain Must Fall。

  『誰の人生にも雨が降ることはある』
  『でも自分の人生はいつも雨ばかり』
  『誰の人生にも涙で心を濡らすことはある』
  『いつか晴れる日が来るだろう』

  『人は心の憂鬱を払うことが出来る』
  『でも自分が君のことを想うとまた雨が降り始める』
  『誰の人生にも雨が降ることはある』
  『でも自分の人生はいつも雨ばかり』


  『誰の人生にも雨が降ることはある』
  『でも私の人生はいつも、いつも雨ばかり』
  『誰の人生にも涙で心を濡らすことはある』
  『いつか晴れる日が来るでしょう』

  『人は心の憂鬱を払うことが出来る』
  『でも私があなたのことを想うとまた雨が降り始める』
  『誰の人生にも雨が降ることはある』
  『でも私の人生はいつも雨ばかり』


  『全てのあらゆる人々の人生には雨が降ることもある』
  『だがあまりにも多くの涙が降り注いだ』
  『誰でも人生、涙で心を濡らすこともある』
  『しかし太陽が輝く日が必ず来るのである』


  『人は心の憂鬱を払うことが出来る』
  『でも私があなたを想うとまた雨が降り始める』
  『誰の人生にも雨が降ることはある』
  『でも私の人生はいつも雨ばかり』



  Easy Living。

  『あなたの為に生きる、それは平穏な暮らし』
  『あなたを愛していれば平穏に生きていける』
  『そして私は愛に溺れている』
  『あなたは私にとって人生の全て』

  『あなたに捧げた年月を私は後悔しない』
  『愛する人へ捧げることは何てことない』
  『あなたの為ならどんなことでもするわ』

  『あなたからしたら私は愚かに見えるでしょうね、でも可笑しいわ』
  『世間は私があなたに良いように扱われていると言ってるの』
  『私はそれがいいのにね』
  『世間は何も分かってないわ』

  『あなたの為に生きる、それは平穏な暮らし』
  『あなたを愛していれば平穏に生きていける』
  『そして私は愛に溺れている』






  5時間後。
  キャピタル・ウェイストランド。某所。
  荒れ果てた岩場にある場所。
  岩場に腰を掛け、敗残者たちの弁を聞き入っている者たち。
  それはストレンジャー本隊。
  ボスのボマー、不動の3人と呼ばれるバンシー、ランサー、デス、そしてガンナー、レディキラー、トーチャー、マシーナリー、マシーナリーが整備しているオートマタと呼ばれる警戒ロボット。
  それが本隊の全て。
  敗残者たち、ローチ・キング、ハイウェイマンの2人。
  聖なる光修道院で第一陣、第二陣の先遣隊は全滅。フライ・マスターはヴァンスに腕を落とされ生死不明で行方不明。もちろん早々に逃げた2人はそれを知る由もないのだが。
  「全滅? 何て不甲斐ない」
  色白の、濃紺のスーツに身を包んだバンシーは冷たく呟いた。
  彼女はボマーの懐刀。
  「しかし本当なの? あのトロイがいたって」
  「わ、我々はキャピタル支隊なので見たことはなかったので真偽は分かりませんけど、マチェットはそうだって……」
  「ボマー、どうしますか?」
  中央に座るボマー。
  一見すると農夫に見える間延びしたような平和的な風貌だが性格はどこまでも酷薄で、残酷だった。
  爆発物が好きでそのプロフェッショナル。
  「奴がいたのであれば、マチェットは帰っては来ないだろうな」
  淡々と喋る。
  古株で付き合いも長かったが既にボマーはマチェットの記憶を消去していた。
  この世にいない過去の人物だからだ。
  「奴との戦いを想定は当然せず、能力者をほとんど加えなかったから負けても当然だが……ガンスリンガーぐらいは対抗できると思ったが、どうだった?」
  「そ、それが別件でガンスリンガーとマッドガッサーはあの場には……」
  「ふぅん」

  「お話し中悪いんだがこちらの依頼を完遂して欲しくてね、押しかけてきた」

  現れたのはジェリコ、クローバー。
  そしてアラン・マックを始めとするボルト至上主義者たち。ボマーが顎をしゃくる。
  「誰だお前ら?」
  「俺は……」
  「我々は依頼人だ。アラン・マックという。ブッチ・デロリアとミスティ抹殺をマチェットに頼んだ。ミスティは今はキャピタルにはいないから、ブッチをまずは殺してほしい」
  ジェリコを押しのけて喋り始める。
  所詮は素人。
  ボマー達が発する、何をするか分からないという空気を感じてはいない。ジェリコは苦笑した。
  「これが写真だ。早急に始末して貰いたい」
  「依頼、ね。マチェットが受けたのか?」
  「は、はい」
  ハイウェイマンが答える。
  「ミスティって奴は知ってる。赤毛の冒険者だな。しかしブッチ・デロリアは……知らんな。何者だ?」
  「そっちがご執心のトロイとつるんでる奴だよ」
  にやりと笑ってジェリコは言う。
  その時全身をライダースーツのようなものに包んだ、デスが動いて写真をひったくる。
  「トロイは死神の手を逃れて生き延びた。それは許されない。僕が殺す。いいよね、ボマー? 許可なんてもらう必要もないけどね」
  「勝手にしろ」
  「ふふふ」
  写真を手にデスはその場を去る。
  「トロイの行動パターンを想定すると、どう動くと思う、バンシー?」
  「おそらく我々を狙ってくるかと」
  「だろうな。ミンチとドリフターに連絡しろ、俺たちの居場所をな。餌として使う。マーセナリー、お前はブッチ・デロリアの足取りを追え。ガンスリンガーたちを呼び戻してお前と組ませる。いいな?」
  「了解だ」
  マーセナリー、グールは頷く。
  「トーチャー、使い走りのお前に部下を付けてやる。ハイウェイマンとローチ・キングを連れてミンチのところに行け、先回りして、仕留めれるようならトロイを仕留めろ」
  「分かりました」
  「残りは俺と来い。良い拠点がある。そこにまずは腰を落ち着けよう」
  「どこに向かうのですか、ボマー?」
  「グレイディッチ、Dr.レスコのところさ」